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仕事と育児とヒュッゲ

『モンテッソーリ流「自分でできる子」の育て方』を読んで

ども、ゆっくり歩いてますか?すぎやまです。

東京はだんだんと暖かくなり、夕暮れになる時間も長くなってきました。もう春がくるのだなと感じています。

さて今回は以前紹介した「モンテッソーリ教育」に関する本を読んだので、その感想を述べたいなと思います。モンテッソーリ教育については知れば知るほど私の教育観とマッチする部分を感じたので、とても興味深く読むことができました。

ちなみに何か学んだことについては48時間以内にアウトプットすると「知識として定着する」らしいので、このブログは私の知識の定着に役に立っていたりします。(逆にいうと人間は48時間で80%のことを忘れてしまうんだそうですよ。)

今回読んだのはこちらの本。

モンテッソーリ流「自分でできる子」の育て方

モンテッソーリ流「自分でできる子」の育て方

子育てあるあるをふんだんに交えた内容となっており、文章も分かりやすく平易なものとなっているので、スッと読むことができました。ページ数は184ページで、だいたい1時間くらいで読めます。

知る・見守る・ときどき助けるという教育

モンテッソーリ教育の根幹には「子どもの自己成長力を信じる」という、いわば性善説的な人間観が存在しています。つまり、子どもというのは大人が適切な環境を用意して見守ってあげれば、自分自身でどんどんと学び成長していくと考えているわけですね。

これにはもちろん反対の考え方もあると思います。子どもは大人がちゃんと教育しなければどんどん怠けてダメになっていってしまう。だから厳しく教育しなければならないという考え方です。つまり性悪説的な人間観ですね。

なので親の立場から自分の子どもにモンテッソーリ教育を実践したくなるか否かというのは、親自身が持つ人間観によって大きく左右されるような気がしました。モンテッソーリ教育をするには、そもそも性善説(マクレガーでいうところのY理論)を信じる人間観が必要になるからです。

幸いにも私は今カウンセリングの勉強をしており「カウンセラーというのはクライアントの自己成長力を信じ、それを援助する存在である。」ということを学んできました。また、「知る・見守る・ときどき助ける」というのは実際のカウンセリングプロセスに近いものを感じます。だからこそ、私にとってモンテッソーリ教育は魅力的に見えたのかもしれません。

モンテッソーリ教育=「環境」による教育

モンテッソーリ教育において親に求められるものは、子どもに対してあれこれと介入することではなく、正しい「環境」を用意することだそうです。

正しい環境とは子どもが安心・安全に試し、遊び、学び、自己成長できる環境のことですね。子どもは正しいさえ環境があれば、あとは自分でどんどんと学んでいくと信じるのがモンテッソーリ教育ですから、親ができることはその環境をしっかり作ってあげることになるわけです。

この点については私も経験としてとても納得できるものを感じました。自分の息子を見ていても、彼は毎日新しい言葉やしぐさ、遊び方などを私に披露してくれます。(昨日は変なじゃんけんのやり方を一緒に研究しました。)それらは私が教えようと思ったものよりも、彼が自主的に学んだものの方がはるかに多いのです。

ただ遊んでいるだけのように見えますが、その中で毎日いろいろなものを吸収しているんですよね。そう思うと私ができることは、息子が興味を持てるもの、持てそうなものをいろいろと用意してあげて、彼の可能性を広げてあげることのように感じます。

親の願望や価値観を子どもに押し付けるのではなく、あくまで子どもの自主性を信じて親は正しい環境を作ってあげること。それが大切なのだと分かりました。私はなにかと手を貸してあげがちだったんですが、これからはグッと我慢して見守りたいと思います。

子どもの行動の意味を考える

モンテッソーリ教育を学び、とても興味深かったのは「子どもの行動には全て意味がある」と考えているところです。

歩道に白線があるとその上を歩きたがったり、手を洗う時の踏み台の向きにこだわったり、寝る前には必ず水を一口飲みたがったり、その「こだわり」にはちゃんとした理由があるということなんです。これは決して「わがまま」ではないんですね。

子どもは大人が考えている以上に、1日の流れや物事の手順を大切にしているんだそうです。そうした習慣を1つ1つこなしていくことで、秩序というものを学び、自分ができることを増やし、安心感を得ているんです。

これを知った時、息子が手を洗う時に「踏み台の向きが違う」と言って怒ったことを思い出しました。私はその時「そんなわがまま言わないの!」と言ってそのまま強引に息子の手を洗おうとしたのですが、大泣きされたんですよね。

私にとっては長方形の踏み台がどっちを向いていようと関係ないのですが、息子にとってはそれは大きな問題だったのです。あの時の私がモンテッソーリ教育を知っていれば、踏み台の向きをいつもどおりの向きにちゃんと変えてあげられたのになぁと反省しました。

こういった考え方を知って、私は息子のとる行動の1つ1つを「一体どんな意味があるんだろうか」と興味深く見ることができるようになりました。もちろん急いでいるときに、そうした「こだわり」を出されると「はやくしてー!」と思ってしまうことは多々ありますが、これからはできる限り、ゆっくりと見守ってあげたいと思いました。

そうそう、敏感期の子どもになにかを教えるときは「超スローモーション」で教えるのが良いらしいですよ。小さな子どもは大人の速さには全くついてこられないんだそうです。そう思うとモンテッソーリ教育は「ゆっくり」を大切にした教育法といえるかもしれませんね。そうか、そういうところもお気に入りだったのかも。なにかの参考になれば。ではまた。

モンテッソーリ流「自分でできる子」の育て方

モンテッソーリ流「自分でできる子」の育て方