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仕事と育児とヒュッゲ

息子の保育園がモンテッソーリ教育だったので、その特徴と実際を書きます

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ども、すぎやまです。今日の東京はとても暖かく、春の訪れを予感しています。

どっこい息子の方は珍しく体調が優れない様子で、今朝は若干熱っぽい感じ。37度をギリギリ下回ってしたので保育園に預けましたが、もしかすると午後にはお迎えにいかないとダメかもしれません。

さて今日はそんな息子の保育園について書きたいと思います。きっかけは先日嫁さんが参加した保育参観のことでした。保育士体験というプログラムで、半日息子のクラスで保育士として過ごすというものだったのですが、嫁さんは帰ってくるなり「見たことない保育だった!」と鼻息を荒くしていました。

嫁さん曰く、どうやら息子の保育園は普通の保育園とは違うようなのです。私は幼稚園に通っていたので保育園のことは全然知りません。なので息子の通っている保育園はごくごく一般的な保育園だと思っていました。これが普通なのだと。

それで嫁さんが見てきた情報を頼りに調べてみると息子の保育園はどうやら「モンテッソーリ教育」という教育法を実践しているということが分かりました。このモンテッソーリ教育というのは、あの藤井聡太七段も受けていたんですよね。そんなこともあってか最近注目されている教育法なんだそうです。

まさか息子が知らぬ間にそんな教育を受けていたとは…ということで、親としてきちんとモンテッソーリ教育の特徴について調べつつも、実際の印象などを書きたいと思います。

モンテッソーリ教育とは

モンテッソーリ教育は、医師であり教育家であったマリア・モンテッソーリ博士が考案した教育法です。

「子どもには、自分を育てる力が備わっている」という「自己教育力」の存在がモンテッソーリ教育の前提となっています。歩くことを教えなくても、歩こうとしたり、積極的に環境に関わりながら様々な事柄を吸収していったりする姿は、子ども自身が自立に向かって、成長・発達していこうとする姿のあらわれといえます。この内在する力が存分に発揮できる環境と、自由が保障された中で、子どもは自発的に活動を繰り返しながら成長していきます。

モンテッソーリ教育の目的は、「自立していて、有能で、責任感と他人への思いやりがあり、生涯学び続ける姿勢を持った人間を育てる」ことです。その目的を達成するために、モンテッソーリは子どもを科学的に観察し、そこからえた事実に基づいて独特の体系を持つ教具を開発するなどして教育法を確立していきました。その教育法の確かさは、現代の大脳生理学、心理学、教育学などの面からも証明されています。(日本モンテッソーリ教育綜合研究所HPより引用)

これを読んでモンテッソーリ教育の概念については大体理解できました。モンテッソーリ教育において最も重要視されているのは「自己教育」なんですね。先生や大人から指示を受けて何かをするのではなく、自分がやるべきことを理解して、自分でできるようになることを目指す教育法だと分かりました。

そして興味深いのは、この教育法は非常に科学的に分析されて確立されたものだということです。というのも年齢ごとに「何を目的としてどのようなアプローチでどう教育していくか」が明確になっているんです。

sainou.or.jp

よく保育園や幼稚園の教育方針を見ると「子どもの主体性を尊重」とか「のびのび元気に」とか、そういったフレーズが掲げられていることがありますが、上のリンクを見てもらうと分かる通り、モンテッソーリ教育の場合はもっと具体的にどうやって子どもの自立を実現していくかが記されています。

モンテッソーリ教育の実際

保育士体験をして嫁さんが驚いたのが、子どもたちの自立・自律の部分だそうです。息子は2歳児クラスですが、クラスの子どもたちは皆、園庭で遊び終わったら自分で靴を脱いで片付け、手を洗い、コップにお茶を入れて自分で飲んでいたとのこと。これは普通の保育園だったら4〜5歳児がする行動なんだそうです。

それから部屋で遊ぶおもちゃについても、普通とは違ったところがあったようです。普通の保育園ではその日に先生が選んで用意したおもちゃで遊ぶのが一般的だそうなのですが、息子の保育園では部屋の中に全てのおもちゃが設置されていて、子どもたちはそれで自由に遊び、遊び終わったら自分で片付けをしていたそうです。

子どもの「これで遊びたい」「これやってみたい」という自由な気持ちを尊重してのことなんでしょうね。そしてまた自分で片付けることで自立と自律を促しているのだと思います。

それからもう1つ変わっているなぁと思ったのが、「先生」という言葉を一切使わないところ。息子の保育園では「○○先生」ではなく、全て「○○さん」という呼び方で統一されており、息子も保育士さんのことを「○○さん」と呼びます。これは入園した当初から不思議に思っていたんですが、モンテッソーリ教育について理解していくうちに納得ができました。

モンテッソーリ教育においては「何かを教えるという意味においての先生」というのは存在しないんですね。むしろその反対で、モンテッソーリ教育における教師の役割というのは「教えない」ということなんだそうです。教えてしまえば、子どもが自由に発想する機会、試行錯誤する機会を奪ってしまうと考えるわけですね。

じゃあ先生ではない保育士さんは何をするのかというと、子どもたちのことをよく知り、ひらすら見守ります。そして子どもが何か困っているようだったら、適切に声をかけ、フォローをするのです。決して教えず、大人の価値観を押し付けることもありません。そういう意味で日本語の意味する「先生」からは遠い存在といえるのです。嫁さんも保育士体験をしてひたすら見守っている保育士さんに驚いていました。

モンテッソーリ教育は子どもらしさを伸ばす

モンテッソーリ教育について調べてみると、この教育法は実にゆっくりとしたものだなと感じました。子どもが自分のしたいことを時間をかけてやるのを、大人はそっと見守り、ときどき手を貸してあげるだけ。

モンテッソーリ教育について理解するうちに、私は忙しいことを理由につい自分の都合で、息子が試行錯誤する時間を奪ってしまっていることに改めて気づかされました。「はやく食べて!」「はやく着て!」「はやくして!」1日の中でもついこの言葉を言ってしまう自分がいるんですよね…。

息子が自分らしく自分の興味を深めていくためには、大人はしっかりと理解してゆっくり見守る必要があるのだと分かりました。(そして場合によってはときどき助けてあげることも必要。)

偶然入った保育園だったとはいえ、こんな素敵な教育をしてくれていることにはとても感謝しています。そしてこれを機に家庭でもなにかできることはないか、そんなことを考えました。どれが正解という子育てはないのかもしれませんが、自分がしてあげられることを精一杯してあげたいと思います。まずはモンテッソーリ教育の本から読んでみたいと思いました。みなさんも興味がありましたらぜひ。ではまた!

モンテッソーリ流「自分でできる子」の育て方

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