Walk Slowly

仕事と育児とヒュッゲ

「明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい。」

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ども、すぎやまです。今日もゆっくり歩いてますか?

本当は水曜日にも記事を書いていたんですけど、水泳の池江璃花子さんのニュースがあまりにもショックで更新することができませんでした。人間の幸せや日常というのはあまりに儚く、脆いものの上に成り立っているのだと改めて実感させられました。

池江璃花子さんは自身のTwitterで今の気持ちを次のように述べています。

私は、神様は乗り越えられない試練は与えない、自分に乗り越えられない壁はないと思っています。

おそらく池江さん自身もまだ白血病という現実を受け止めきれてはいないと想像される中で、このような言葉を述べられた「強さ」に私はいたたまれない気持ちになりながらも敬服をしました。

もしも神様がいるのなら、どうか、どうか彼女に手を差し伸べてほしいと切に願います。

私たちは明日がくることを当然のように毎日を生きています。今日という1日を安全に生きることができるのは、いかに素晴らしく幸せなことであるかをつい忘れてしまいます。

今日のタイトルはインド建国の父、マハトマ・ガンジーの有名な言葉を引用しました。私は「生きる」ということは、死を意識することなのだと思います。生が有限であるからこそ、日々は愛おしく、かけがえのないものになるのではないでしょうか。

「もし今日が人生最後の日ならば、今日やろうとしていることを本当にしたいと思うだろうか?」

スティーブ・ジョブズは毎朝鏡の前で自分にこう問いかけ、「No」が何日も続くようなら何かを変える必要があると述べています。私たちは自分でいつまで生きるか、どのように死ぬかを選ぶことはほとんどできません。(自分で命を絶ってしまわない限り)

それでも私たちは「どう生きるか」を選ぶことはできます。1度きりのこの人生を何に捧げるか、それを選ぶのは自分自身なんですよね。明日死ぬと思って生きるのは本当に難しいことですが、死という存在を見ないように遠ざけてしまうのではなく、いつも意識のすぐそばに置いて生きるべきなのかもしれません。ではまた。