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仕事と育児とヒュッゲ

幸せはmoreではなくlessの中にある

ども、すぎやまです。今朝は寒かったですね〜。おかげでコタツが大活躍でした。(もうコタツブログに改名すべきかな…)

今日の息子は朝からモンブランを食べられてご機嫌な様子。昨日、酔って帰ってきた嫁さんが、コンビニでしこたまスイーツを買ってきてくれたおかげです。でもなんで酔っ払うとコンビニで爆買いしたくなるんですかねぇー?不思議です。

さて今日は幸せに関してちょっと考えたことを書きたいと思います。タイトルに書いた通り、moreとlessについてです。

世の中はmoreだらけ

私が思うmoreというのは「より多く」「より大きく」といったニュアンスです。

「もっとお金が欲しい」

「もっと綺麗になりたい」

「もっとリツイートされたい」

文字にするとこんな感じでしょうか。もっとも、この「もっともっと」という感情は人の根源的な欲望なので、決してそれ自体が否定されるべきものではないと思います。なんの欲望もなく生きるのであれば、それはとても虚しいことです。

ただ世の中にはこのmoreを悪用するビジネスが数多くあります。

「脱サラして3ヶ月で月収100万円を超えたビジネス」

「1ヶ月で簡単にマイナス10kg痩せるダイエット」

「私が10日間でフォロワーを5000人増やせたワケ」

などなど、ネットでこんな宣伝を見たことはきっとあると思います。こういうものは人間の根源的な欲求に働きかけてくるので、かなり効果的な手法なんですね。世の中の賢い(悪どい)人たちは、こういう方法を使って「もっともっと」という感情を揺さぶってくるわけです。

ただ先に書いたとおり、私はこの「もっともっと」という感情を否定するつもりはありません。ただし、より多くを手に入れ、より多くを消費したいという生き方では幸せにたどり着けないのではないかと考えているのです。

lessという考え

「less」というのはmoreの対義となる言葉で「より少なく」という意味です。私はlessの方が人は幸せを感じられると思っています。でも「より少ない」と聞くと、ちょっとネガティブなイメージを持つかもしれませんね。だって小さなケーキよりも大きなケーキの方がずっと魅力的ですから。

ただ私が考える「lessの幸せ」というのはケーキに例えると、こんな感じになります。

「100種類のケーキから1つを選ぶのではなく、5種類のケーキから1つを選ぶ」

どうでしょうか?少しイメージできましたか?100種類の中から自分が食べたいケーキを選ぶというのは、とても大変です。どれにすべきか迷うでしょうし、決めたとしても「もっと良いケーキが他にあったんじゃ…?」と思ってしまうかもしれません。

一方で、より少ない5種類の中から選ぶのはどうでしょうか?100種類よりはきっと簡単に選ぶことができるでしょうし、自分の決断を疑うことも少ないと思います。(もちろん、チーズケーキとショートケーキの決勝は激しい戦いになると思いますけど)

moreを捨てlessで生きる

ではちょっと考えてみてください。今の世の中には、いったい何種類の「ケーキ」があるでしょうか?ケーキはあくまで比喩ですので、自分が想像したいものを当てはめてもらって構いません。例えば「仕事」とか「音楽」でも良いです。

私たちはmoreの社会の中で、既に膨大な選択肢を抱えて生きています。そしてこの選択肢は減ることなく増え続けているのです。これは言ってみれば、無限にケーキの種類が増えていっているようなもの。もう一生をかけても全てを食べることはできません。でもmoreで生きるっていうのは、それに挑戦しているような生き方なんですよね。否定はしないですが、私には苦行のように思えてしまいます。だって絶対に不可能なんですから。

だから私は自分に本当に必要なケーキを見極め、それを大切に食べる生き方を選びたいと思っています。より多くを望まず、より少なく、より良いものを選ぶということですね。言ってみれば「1000人のフォロワーではなく、3人の親友を作る」みたいな生き方です。

ただこれを実践していくには、自分というものと向き合い理解していかねばなりません。人生の最小単位は自分なのだなぁと、今日はそんなことを考えました。皆さんはそれでもやっぱりmoreが幸せなんでしょうか?とても難しい問題ですね。ではまた。